♪タロッティストがよみとく 宇宙からのメッセージ♪

タロットをお仕事にするきっかけのお話5

2019/01/23
 
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タロットを勉強し始めてから7年、お仕事としてからは4年が経ちました。 今までに、モニターさんも合わせて2,000人程のセッションをさせていただいております。 お悩みを聞くこともアドバイスさせて頂くことも、色々と出来ますので もやもやしていることがあれば、お話に来てください✨
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前回から何年経ってしまったのやら…。

やっと続きを書く決心がつきました😃

ってか、もうやんなさいよ!終わらせなさいよ!次行くんでしょう?とメッセージが来て、おしりを叩かれたので やるしかなくなりました😅

ほんと追い込んでくるし、容赦ないんだから…。私が望んだ未来に行くために、愛のおしり叩きなので、ありがたいことなのですけれどね♡

前回は躁鬱(そううつ)状態のどん底ライフまっただ中な感じでしたね!

それからどうなったのか?

 

→さて、続きです🎶

系列病院の心療内科を紹介してもらい、待ち時間数時間、診察時間十数分の通院を毎月?(うろ覚えです)続けていました。

薬を飲むことで、気持ちは落ち着きながらも 薬の副作用と病気の後遺症などで、アップアップな毎日。

そんな中、毎日見る自分の顔についている、事件の時につけられた傷を消したいと思うようになりました。

傷を鏡で見るたびに、こんなことになったのはアイツのせい。アイツはきっと捕まらないと思う。許せないけど、毎日考えるのがもう嫌だし、いっその事忘れたい。消してしまいたい。無かったことにしたい。

そう思い、傷を消したいがために 近くの形成外科の先生に相談をしに行きました。

事件からまだ3ヶ月しか経っておらず、傷口は塞がってはいるものの、ミミズバレのように赤く線が見える状態。何とかファンデーションでごまかしていました。

何とかしてくれると、私のすがる思いとは裏腹に 先生は申し訳なさそうに、

「一年後くらいに、やっぱりどうしても傷を消したいと思う時は、また来てください…」

と言いました。

今の技術をもってしても消せないのかな?と思ったので、どうしてですか?と訪ねると、

今の傷を消すことは可能だが、消すための手術痕が残ってしまう。今のまま完治させた方が、後々目立たなくなると思うから、我慢することにはなるけれど、下手に手を加えない方がいい、とのお話でした。

手術するにしても、お金と体力と精神力が必要だから、あんなボロボロの状態で受けさせたくないと思って、そう言ってくれたのかもしれません。(勝手に想像する私)

先生にそんなこと言われたら、やっぱり顔には傷をこれ以上つけたくないし、一年後にはかなり良くなるんだよね?と勝手な期待をして、納得行かないままでしたが、その時はそのまま帰りました。

今では、その先生の判断は正しかったと、感謝せずにはいられません。えぐれた凹みも ほぼ目立たなくなったし、気にならなくなりました。

たまに光の加減で影ができますが、友達はファンデーションがよれてるよ?と、こっそりと教えてくれるのです。優しい…😭

ここ数年、ノーファンデなんですけどね笑

 

自分の体調と精神状態のバランスとりに毎日必死こいて、パートの仕事と子育てと同居とを頑張っていたけれど、夫婦を続けていくことに限界を感じていました。

お互いに心はバラバラ。そして、どうも旦那様にはお相手がいるような気配。

女性って分かりますよね?浮気してるのって。女の勘ってヤツですよ。

働いたお金で自分のノートパソコンを買って、離婚について調べあげ、どうしたら良いかの情報を収集したりして、そっちに向けて動き出していました。

そしてある日、彼女にモーニングコールをしているのを聞いてしまったのです。

旦那さんには、病気の症状も相談も、一切していなかったような記憶です。義理の両親にも、実の両親にも、心配かけていけないと思って 何も言わず、本心は心の奥底にがっちり閉じ込めて、飄々(ひょうひょう)と毎日を過ごしていたような気がします。

だから、私が2時間おきに起きてるなんて知らないし、睡眠薬を飲んでも 眠りがとても浅く、ちょっとした物音で起きたりしてしまうなんて思わなかったんでしょうね。睡眠薬飲んでいるから、きっとグッスリだと勘違いしていたんだと思います。

やっぱり浮気してるのを知った時は、正直ショックでした。そして即座に、離婚だな…と思った、ドライな自分の気持ちに衝撃を受けてました。

裏切られた。ヤッパリそうだ、期待なんかするもんじゃない。他人なんて信じる方がバカなんだよ。皆も自分の事ばっかりで一杯なんだから、誰かの事や ましてや私なんかの事なんて 構ってられないんだよ。そういうもんだよ。

とか考えて、自分を守ってました。自分を正当化していくしか、正常に保つ方法が見当たらなかった。

誰よりも何よりも大嫌いな自分を、誰かが大切に思ってくれるなんて考えられなかった。

だから全て当たり前だと思ってました。しょせん世の中は コウユウモノ  ナンダ って。

 

それから まずは夫婦でお互いに違う道を歩きませんか?と話し合いました(浮気の事は言わなかった)

私は、男女である夫婦が破綻したらダメな人なんです。生涯女でいたいタイプなんです。

子供ができて、おかあさんと旦那に呼ばれ、夫婦としての触れ合いも、SEXも無くなっていました。はたから見たら 家族としては完璧かもしれないけれど、女としては終わってると感じてしまったんです。

家族として夫婦関係を築いていきたいタイプもいれば、夫婦(男女)として家族関係を築いていきたいタイプも居るんですよね。

そこをちゃんと伝えて、協議離婚をすることになりました。円満離婚になるんですかね。

 

旦那は一人っ子で、娘も一人っ子。義理の両親と娘を離す気は更々なく、旦那とも好きなだけ会っていいよ と言うことで、娘は私が引き取らせてもらえました。

離婚したら働かないといけない。子供を見てくれるなら、義理の両親に甘えた方が、私としても安心だし助かります。私と義母は、毎日お茶するくらい仲良しで、今でもご両親は大切に思っています。(立場上ご挨拶くらいしかできないけれど)

娘にとっても、生みの父親は元旦那だけですもん。メリットの方が大きかったので、娘と父として、いつでも好きなように会える環境にしました。

離婚したのは娘が小学1年生の夏。

夏休みに入ってから実家にいましたが、娘が突然、慢性腎盂腎炎(じんうじんえん)を発症。即入院となりました。

2ヶ月ほどで退院できましたが、離婚についてのゴタゴタと引っ越し、慣れない所での生活で、娘の心も身体もパンク状態だったんだと思います。

何も言わない子なんです。耐えてたんだなぁ…と、とても反省しました。

それを受けて、通っている小学校から歩いて5分のところにあるコーポを借りて、二人の生活が始まりました。

 

あれ?病気は?うつは?と、思うでしょう。

他人の目があると、気丈に振る舞うクセがあるみたいです。それに、娘が居てくれれば頑張れた。生きる気力は全て 娘にありました。

それに、協議離婚だって簡単な訳ではないです。さらに精神的にクタクタになって、すさみまくってました。

けれど、やるしかないんですもん。誰も変わりにやってくれないし、これ以上我慢するのが嫌だったから、自分のために もっとよい状態にするために 動きました。

実家の父や母にも、すごく心配かけてしまったしお世話になっていました。感謝しかないです、ほんと。

 

目まぐるしく変わる毎日に追われ、離婚してから約1年が経ち、やっと一息かなーと思ったとき。

入力事務のパートをしている職場に、元気な女子、Tちゃんがアルバイトとして入ってきました。

Tちゃんは 10才くらい年下(当時私は29才でした)だったけど、平均年齢が高い職場だったので自然と仲良くなっていきました。

そして遊びによく行くようになったある日、こんなことを言い出したのです。

「お金が欲しいの!けどバイトだけじゃ足りないから、キャバクラへ1日体験(イチタイ)に行ってみたいんだ。けど、1人だと不安だから 一緒に行ってくれないかな?」と。

えーー。水商売ですか!? ヤバくないかな?

けど、すごく興味はあるなぁ。1日体験だけして、そのまま行かなくなってもいいんだよね?

1人じゃないって、怖いもんです。

調子にのって、楽しんじゃおう~なノリで 出発。

そこには、とっても面白くもこわーい世界が待っていたのでした。

 

⇒タロットをお仕事にするきっかけのお話⑥へ続く🌟

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